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名曲名盤堂: 新着CDレビュー</title>
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<language>ja</language> 
<copyright>Copyright 2006, R. Ikeguchi</copyright> 
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<title>バッハ・オルガン曲の深遠なる美の世界</title>
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<![CDATA[ 
<p>初めて買ったオルガンのＣＤ。<br />
夜聴きながら寝るつもりで明かりを消し、プレイボタンを押した。<br />
が、演奏が始まると、目が覚めるような美しい音色の連続で<br />
気がついたら最後まで聴き終わっていた。<br />
（うとうとしていて気がついたら拍手が・・というあれではない）<br />
収録されている曲は、主にバッハ自身によるコラールの編曲で<br />
あまり知られていないものが多いらしい。<br />
白熱して人を巻き込まずにいない演奏、スリリングな演奏というわけではないが、退屈で眠くなることはないだろう。<br />
それぞれの動きは優雅で美しく、調和している。次々に広がっていく、万華鏡のような音の世界に、つい引き込まれてしまうという感じだ。<br />
そして最後の曲は「前奏曲とフーガ　ホ短調　BWV533」<br />
ひときわ美しく重厚な響きで幕は閉じられる。<br />
<br />
レオンハルトから受けた衝撃をきっかけに、トーマス・シュメークナーのオルガンのコンサートに行き、トン・コープマンのバッハオルガン作品集を聴いたが、このＣＤを聴いたときほどの感動は味わえなかった。<br />
もっとも、オルガン演奏の良さは多分に楽器の質に依存するらしい。<br />
レオンハルトの使ったものが特に名器だったというのもあるかもしれない。<br />
アルクマール聖ローレンス教会の、ハーヘルベール＝シュニットガー・オルガンという楽器である。<br />
<br />
ところでこのＣＤを聴く時にはぜひ、部屋を暗くすることをおすすめしたい。<br />
不思議なことに光がなくなると、音がより鮮明に聞こえてくるのである。<br />
そして音と、音のない空白とのコントラストが際だって感じられる。<br />
プレイボタンを押せば、バッハ・オルガン曲の一層深遠な美しさを楽しむことができるだろう。</p>
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<pubDate>Fri, 20 Jun 2008 02:14:47 +0900</pubDate>
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<title>奇跡の演奏</title>
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<![CDATA[ 
<p>短期間で作曲されたせいか、よく「リンツ」はモーツァルトの後期６大交響曲のなかでは存在感が無い、といった事がいわれます。しかし、このクーベリックの演奏をして、その存在感の薄さなど感じることはまずできないでしょう。何も特別なことはせずに、旋律の輝かしさが厭味なく伝わってきます。またSONYの音が大変心地よく、ミュンヘンの空を思い起こさせるBRSOの暖かい音色が伝わってくるところもこのCDの価値を倍増させています。<br />
<br />
ちなみにこのクーベリックのモーツァルトシリーズでは、後期６大交響曲が収録されており、どれもこれまでのモーツァルトの交響曲の録音ではベストの演奏です。志向が全く違う６曲を共通のスタイルで演奏し、名演にしているのもクーベリックのすごさの現れでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
にしても完璧なモーツァルトの演奏ってものすごくコメントが書きづらいですね。</p>
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<pubDate>Sun, 02 Dec 2007 03:21:23 +0900</pubDate>
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<title>グリュミオーの溌剌とした演奏</title>
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<![CDATA[ 
<p>グリュミオーは綺麗な音が売り物のヴァイオリニストだという印象があった。しかし、先日レビューを書いたルクーのヴァイオリンソナタといい、このモーツァルトといい、どうやら違った一面を見せるときがあるらしい。ルクーでは濃厚なロマンティシズムを演じたグリュミオーだがこのモーツァルトでは「美音」的な要素を排した溌剌としたヴァイオリンを弾く。高音域の音色がやや硬質で耳に付くことを除けば、若き日のモーツァルトに相応しい見事な表現が聞ける。私はモーツァルトが10代後半に書いた5曲のヴァイオリン協奏曲の中では、その若々しい瑞々しさと華やかな旋律ゆえに、第5番が随一の出来だと推す。他の4曲には「若さ」ゆえの単調さを感じるが、第5番だけは名曲と呼ばれるに足るだろう。そしてこういう楽曲をこのような生き生きとした歌いまわしで聴けるというのは、なんという喜びだろう。コリン・デイヴィスの指揮も万全の好サポート。聴いていて安心できる。</p>
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<pubDate>Wed, 07 Feb 2007 06:10:35 +0900</pubDate>
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<title>カザルスの崇高な歌を聴け</title>
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<![CDATA[ 
<p>カザルスの弾いたドヴォルザークのチェロ協奏曲は、ここに挙げたDutton盤以外にも、EMIやらOpus蔵やらAuraやらと、いろいろなメーカーから同じ録音が発売されている。各社音質を競い合う格好になっているわけだが、私の聴いた中では、このDutton盤とOpus蔵盤が優れていて、カザルスのチェロの音のふくよかさにおいては、後者が勝る。<br />
ここで見せるカザルスの歌いまわしのうまさ・品格の高さは、ずば抜けている。60才そこそこのカザルスは、技術的な水準においては、全盛期をやや越えた頃かと思われるが、それでもパッションの凄まじさや集中力の高さはまだまだ衰えを見せる感じはなく、おそらくこの録音を聴くものは第一楽章冒頭の主題から凝縮された音がほとばしるさまに心を奪われるだろう。同楽章の第二主題、それから続く緩徐楽章のゆったりとした部分も、カザルスのチェロは人間の声も顔負けなくらいに表情たっぷりに歌う。あまりに精神的な響きであるため、聴いていてチェロという楽器が鳴っているのを忘れるほどである。楽器を用いて「歌う」という営為の本質が、ここにあるように思われる。無伴奏チェロ組曲のCDと併せて持っておきたい不朽の名盤。</p>
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<pubDate>Sun, 04 Feb 2007 01:19:36 +0900</pubDate>
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<title>モーツァルトのP協奏曲にこんな名盤があったとは</title>
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<![CDATA[ 
<p>モーツァルトのコンチェルトを愛しながらもこのハイドシェック盤に辿り着いていなかったことは今となっては後悔のきわみだ。最近タワーレコードの企画で2枚組みで再販され手に入りやすくなったことを心から喜ぶ。ハイドシェック/ヴァンデルノートのモーツァルトのピアノ協奏曲集を店頭の試聴機にて耳にした私は即刻購入を決めた。ここでのファンタジーは天才にしかなしえない奇跡だ。同曲異演を多く聞いてきた人には最初違和感があるかもしれないがそれとてすぐに聞き惚れてしまってわからなくなるはずだ。<br />
中でも薦めたいのは23番。全ての表情付けがチャーミング。ブラヴォー。この曲を心から堪能できる名盤がやっと見つかった。</p>
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<pubDate>Tue, 26 Dec 2006 20:07:19 +0900</pubDate>
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<title>フォーレ後期の作品</title>
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<![CDATA[ 
<p>前奏曲集（9曲）op.103。フォーレ66才頃に作曲された作品。今回はこのあまり知られていない曲を取り上げたい。終世フォーレを敬愛し続けたヴュイエルモーズは著作の中でこう述べている。「『前奏曲集』は学説的には人生の秋に書かれた作品であるとされている。だがこれらを調べるなら、枯葉のような気分の曲を内心期待していた人たちを、強く驚かせることだろう。これら9曲は、若さを放射しているからである。」<br />
オランダ人女性ピアニスト、ティッサン-ヴァランタンの演奏を聴いていると、後期フォーレ作品の魅力がそのまま音楽となってこちらまで届けられてきているという安心感に満たされる。室内楽を想起させるポリフォニー、息遣いの巧みさ、調性音楽への強い志向。フォーレの音楽全般に行き交うそうした特徴は、文化的背景こそ違えどブラームスにも共通のものである。そしてそれは人間味に溢れた温かい人柄、果ては人生観を反映したものであるようにも感じられる。音楽史上、フォーレの音楽（特に後期）は取り残されたような扱いを受けることが多いが、そこにはフォーレその人にしか産み得なかった音楽たちが今も輝き続ける。</p>
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<pubDate>Mon, 25 Dec 2006 23:40:41 +0900</pubDate>
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<title>エスプリのきわみ</title>
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<![CDATA[ 
<p>「Ｂｏｒｅｌｏ」。名曲です。スネアドラムに乗って、有名なテーマ（実はテーマは2つあります）が、さまざまな楽器で色づけされながら、徐々に盛り上がっていくという構成はなんとも見事なものです。<br />
しかし、そんな曲だからこそ、この曲をオーケストラの技の見せ合いみたいに演奏し、フランス音楽であることを忘れてしまったかのような演奏が多いです（特にアメリカの演奏）。この曲はご存知のように印象派の大家、ラヴェルの壮年期の曲です。フランスの香りがたっぷりと含まれた曲なのに、その雰囲気を汲み取った演奏は実は稀有です。<br />
このクリュイタンスの演奏は、まだパリ音楽界に19世紀の香りが残っていた、1961年に録音されたものです。今はほとんど聴かれなくなってしまったバソン（フレンチ・ファゴット）の甘く艶やかな響きや、（本当の意味での）フレンチ・ホルンやトロンボーンの官能的な音色、とろけるようなストリングスの醸し出す雰囲気は絶品です。毒々しさや力んだ感じがまったくない、柔らかな、パリのエールに包まれてしまうのではないかとような演奏です。<br />
カップリングの「スペイン狂詩曲」は、音のカーテンがどんどんめくられていくように、スペクタクル。「ラヴァルス」は、催眠術にかけられ、気がつくとそこは夢の舞踏会。<br />
聴いていて時間をがたつのをつい忘れてしまう、そんなＣＤです。</p>
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<pubDate>Thu, 04 May 2006 10:20:47 +0900</pubDate>
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<title>昨年話題になったこの演目</title>
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<![CDATA[ 
<p>良くも悪くも<br />
世界のトップレベルでのオペラ公演というものの<br />
現状が集約された一枚<br />
<br />
（このように感じてしまうのは私だけかもしれないが）<br />
<br />
椿姫自体にコメントは必要ないと思いますが、<br />
オペラ好きもオペラ歌いも聴くべき一枚だと思います。</p>
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<pubDate>Wed, 12 Apr 2006 01:02:58 +0900</pubDate>
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<title>ホロヴィッツ最後の傑作</title>
<description>
<![CDATA[ 
<p>ホロヴィッツがこの世を去るわずか一週間前に録音されたものである。80代の老齢にして全曲初録音というのは驚きだ。<br />
演奏はやはりホロヴィッツらしく、鮮烈なタッチとロマンティックな情緒に満ちている。しかし表現はさらに深みを増し、聴いていると生や死の深淵とも言えるようなものを感じてしまう。それでいて重苦しくはなく、むしろ軽やかでもある。<br />
ホロヴィッツの表現は劇的だが、いわゆる感傷的すぎて品のない演奏とは違う。むしろ、知性によってコントロールされた演出という感じなのだ。<br />
ぜひ聴いてみてほしい。<br />
<br />
<br />
<br />
</p>
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<pubDate>Tue, 11 Apr 2006 17:39:32 +0900</pubDate>
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<title>ワルターといえばこれ</title>
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<![CDATA[ 
<p>古くから名盤として親しまれてきたCDでいまさらレビューを書くまでもないかもしれないが、Manabee君がカール・ベームの振った「田園」交響曲を推していたのでやはり推薦しておこうかと。<br />
ワルターのCDについてはいくつもレビューを書いて名盤だと思うものを挙げてきたけれど、改めて聴きなおしてみて、ブラームス4番やシューベルト「グレート」よりもこの「田園」は出来がよいように思う。ベートーヴェンの9曲の交響曲の中で最も叙情的・牧歌的な趣の濃いこの楽曲がワルターに向いているのは当然といったところであるが、それにしてもここまでワルターらしい人間くささが全面に出ていると妙に嬉しくなる。ワルターを聴いているのか「田園」交響曲を聴いているのかわからなくなるほど両者は一体となっている。手放しで賞賛したい一枚。</p>
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<pubDate>Wed, 05 Apr 2006 12:18:37 +0900</pubDate>
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<title>ヌヴー!!</title>
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<![CDATA[ 
<p>天から素晴らしい才能を贈られつつも夭逝してしまう天才的な芸術家がしばしばいる。何ゆえに天は自ら賦与した才能を自ら奪い去るのか。リパッティ,デュ・プレ,そしてこのヌヴー。いずれももし長生きしていたならば超一級の演奏家としてクラシックの音楽界に大きな地歩を残したに違いない。<br />
ヌヴーは1919年に生まれ、そして1949年に飛行機事故で帰らぬ人となった。このブラームスの協奏曲はその早すぎる死の約1年半前の録音である。数少ない彼女の録音の中でもかつてより代表的な名盤に数えられてきた一枚であるが、私が何枚か聞いたヌヴーの中で比較するにやはり随一の出来だと思う。ハンブルグのライブで燃え上がるヌヴーのパッションが鮮烈なまでに記録されている。瑞々しい情熱は艶やかでありまた高貴でもある。アダージョ楽章など出だしからヴァイオリンの音に異世界へと引きずりこまれてしまう。<br />
また指揮者シュミット=イッセルシュテットの好サポートも光る。私はこの指揮者の重厚な演奏を時に暑苦しく感じるが、ここではいつになく多彩な表情付けをしてヌヴーの演奏をいっそう美しく輝かせている。</p>
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<pubDate>Sun, 19 Mar 2006 23:24:26 +0900</pubDate>
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<title>古きよきウィーン</title>
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<![CDATA[ 
<p>交響曲第6番「田園」　　誰もが知っているような超有名な曲ですね。有名な曲ほど、なんかかえって掴みにくくなって、演奏しにくく、なかなかいい演奏ができないものですよね。また「田園」は、Timpが無いせいでしょうか、Beethovenには珍しく縦の線がゆるくなりやすい、そんな難曲です。<br />
さて、この「田園」は、ベームの、特に奇をてらうこともない、真当な解釈が続きますが、70年代ウィーンフィルの他では変えがたい音色と相俟って、至高の演奏を聞かせてくれます。決して派手ではないが魅力的で、折り目正しく上品な、ベーム、そしてウィーンフィルが織り成す最高のひと時です。木管のソロが多い曲ですが、ここで聴けるクラリネットのプリンツの技には酔いしれますよ。<br />
カップリングのシューベルトも、上品で飾らない名演です。</p>
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<pubDate>Sat, 11 Mar 2006 01:08:24 +0900</pubDate>
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<title>クナッパーツブッシュ×シュトラウス＝？？？</title>
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<![CDATA[ 
<p>ワルツやポルカをウィーンフィルで聴くというのは(特に往年のウィーンフィルなら余計に)まったく無難なチョイス。しかし指揮者がクナッパーツブッシュというのはどうも・・・とこのCDを推薦する私に疑いの目を向ける人も少なくないはずだ。確かに、シュトラウスのワルツなぞを「いかにも」というような演奏で聴きたいならボスコフスキーやクレメンス・クラウスが同オケを指揮したCDを選んだほうがよいだろう。しかしながら、このクナッパーツブッシュの演奏は、ワーグナーの多くの楽劇においてあれほどの名演を残した指揮者ならではの雄大な音楽性が聴けて面白い。ウェーバーの「舞踏への勧誘」の序奏がワーグナーのオペラの一場面のようにライトモティーフ満載に聴こえてしまうなどと言うなら、あるいは邪推に過ぎると言われるかも知れぬが、しかしこんな表現力が彼ならではのものであることまでは否定できまい。ご存知ラデッキーも何気ない曲の進行の中にホルンがこれ以上ないほど見事な役割を担って響いたり、さすがと思えるポイントが随所にある。</p>
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<pubDate>Wed, 01 Mar 2006 00:19:21 +0900</pubDate>
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<title>フランス人のフルニエが奏でる重厚なブラームス</title>
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<![CDATA[ 
<p>ブラームスのCDの中で私の愛聴盤の一つ。フルニエの持つ表現力の凄さが最高度に発揮された名演奏。「高貴」の一言でもって葬り去られることもしばしばあるフルニエのチェロだが、そういう評価をする人にはこのブラームスを聞いてみろといいたい。バックハウスがブラームスを弾いて巧いというのは別に驚かないだろうが、その脇で弾いているフランス人のフルニエがバックハウスに引けをとらない演奏を繰り広げているのは俄かに信じがたいところだろう。ここに収録された2曲のうちだと第1番のほうが若干良い出来のように思われるが、どちらも甲乙つけがたい。静謐さの中で切ないパッションが展開するかのような曲想を持つ第1番は、かつてこの曲を最近よく聴くと言ったら、友人に「何か悲しいことでもあったんですか」と問い返されたことがある。私がこの曲をかけるときはいつでも悲しい気分というわけでもないが、しかし心の中にあるそういう一抹の感情がとりわけフルニエのチェロによってかきたてられていることも否定できまい。そしてフルニエとバックハウスの演奏はその私の取るに足らない感情をこの素晴らしい芸術作品を通じて美しい結晶へと飛翔させてくれる。だからこの演奏はついつい聴きたくなる。第2番のほうは一転雄雄しくスケール感たっぷりの曲想。第1番から20年の歳月を経ており、その間のブラームスの進化を感じさせる楽曲となっているが、ここでもフルニエとバックハウスがしっかりと組み合った演奏は文句のつけようがない。巨匠と巨匠ならではの境地だ。</p>
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<pubDate>Fri, 24 Feb 2006 23:58:15 +0900</pubDate>
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<title>スケルツォの美しさはフルトヴェングラー盤を上回る出来か</title>
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<![CDATA[ 
<p>ワルターらしい美感は第一楽章から随所に発揮されていて、シューベルトのたゆたうような旋律がときに充分な魅力を持って鳴り響くこともあるが、どうも完璧な出来ではない。第一楽章は主部に入る手前あたりもなんとなくもたつく感じがあるし、全体的に声部間のバランスが悪く造型感に欠く。第二楽章は前の楽章に比べてワルターの表現意図は伝わってくるがまだ本調子ではない。むしろワルターの真価が発揮されるのは第三楽章以降である。私は恥ずかしながらこのことをライナーノートの宇野功芳氏の評論によって気づいた。あまり面白くないなとこのCDをラックの片隅に追いやろうかと考えていた私の行為は氏によって引き止められたのだが、ライナーノートにあるとおり、「スケルツォ以降のすばらしさはその欠点を補ってあまりある」。スケルツォの第三楽章は冒頭からして音のニュアンスがそれまでの楽章と違っているが、特に私はトリオの部分の夢幻的な情景を美しいと思う。これこそワルターの本領ではないか。終楽章も第三楽章の出来のよさを引き続いて名演の名に恥じない出来。フルトヴェングラー/ベルリン・フィルの演奏が重厚すぎてという人にはとくにお勧めできるCDだろう。</p>
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<pubDate>Fri, 24 Feb 2006 23:06:04 +0900</pubDate>
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<title>グリュミオーらしからぬ情熱的演奏</title>
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<![CDATA[ 
<p>私はグリュミオーというヴァイオリニストをあまり評価していないが、ここに挙げた１枚だけは違う。グリュミオーが30代半ばの頃に入れたモノラル期の録音であるが、後年の演奏に比べなんと瑞々しいことだろう。グリュミオーは一般には所謂「美音」系のヴァイオリニストに位置づけられるのだと思うが、若い頃は有り余る情熱がほとばしるような演奏をしていたのだ。ここに収録されたドビュッシーやルクー(特に後者!!)はステレオ録音で彼の演奏に親しんできた方々には、目から鱗が落ちる思いがすることだろう。ドビュッシーは情熱が過剰な感もあるが、ルクーのほうは見事の一言に尽きる。夭逝のために楽曲をほとんど残しえなかったルクーが楽曲に託した想いが、グリュミオーのヴァイオリンによって完全に汲み取られている。</p>
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<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 18:37:29 +0900</pubDate>
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<title>いぶし銀のブラームス</title>
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<![CDATA[ 
<p>モントゥーの最晩年の録音の一つ。ここでもモントゥーの指揮は派手さや煌びやかさのようなものとは無縁で、いたって地味である。苦手な人は苦手かもしれない。しかし彼の地味さには、日本の「わび・さび」に通ずるものがあるんじゃないか、と思わせる渋い味わいがある。加えて弦楽器の濃厚なロマンティシズム、悠然と構えた巨大なスケール感―――モントゥーが晩年に到達した音楽性が遺憾なく発揮されている。また、「ブラームスの田園交響曲」としばしば喩えられるこの交響曲の牧歌的な旋律は、モントゥーの心情にあっているのだろうか、極めてのびのびと自然に歌いながら有機的に高められていく感じがある。見事な演奏。</p>
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<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 17:23:44 +0900</pubDate>
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<title>モーツァルトの音楽に天上世界を垣間見る</title>
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<![CDATA[ 
<p>録音がオケの音をうまく拾えていないのが残念だが(特に第一楽章)、ソリストのハスキルのピアノは申し分ない。モーツァルトが晩年に書いた最後のピアノ協奏曲を、彼岸の美しさを思わせるこのような澄み切った音色で奏でられたら堪らない。一音一音に込められた意味をじっくりかみ締めるように大事に大事に引いていて、それが聴き手の心にじわーっと染み入ってくる。オーディオの前にいながらにして天上世界を感じる―――そんな名演奏である。</p>
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<pubDate>Sat, 28 Jan 2006 23:04:21 +0900</pubDate>
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<title>イ・ムジチの瑞々しい音に聞き惚れる</title>
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<![CDATA[ 
<p>購入以来１ヶ月ぐらい経つが、何度聴いても飽きない。ホリガーのオーボエがやや無機的な音を出していて癇に障るときもある(ゆえに評価を☆一つ減らした)が、イ・ムジチ合奏団の音は隅々まで生命力に満ちていて、常に瑞々しい味わいがある。協奏曲ゆえにソリストの見せ場もかなりあるはずなのだが、イ・ムジチの演奏に聞き惚れてソリストの技術を楽しむのを忘れるほどだ。とりわけOpus9-2(有名なニ短調協奏曲)と9-9が曲自体の魅力も手伝って良い出来だと思う。</p>
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<pubDate>Sat, 28 Jan 2006 23:04:21 +0900</pubDate>
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<title>笑演</title>
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<![CDATA[ 
<p>展開せずに延々と反復される動機労作、過剰な金管楽器の使用―――ボロディンのこの交響曲(1874年作曲)は、とても名曲とはいい難い。が、スメターチェクはこの駄作を、何を思ったのか大真面目に演奏している。第一楽章の鋭い切れ味などすばらしい。冒頭からおどろおどろしい弦楽器の音色が鳴り響き、何事が起こったのかと思うのだが、しかしそこに金管楽器が滑稽なほど軽妙に「パーン」と合いの手を入れる。それが、笑える。何を思ってボロディンはこんな曲を書き、何を思ってスメターチェクは真っ向勝負を挑んだのだろうか。ともかくもアンバランスな面白さのせいで、私のうちに友人が遊びに来たときに悪戯っぽく聴かせてみるCDの１枚となっている。Andanteの第三楽章を除いては無機的な楽曲であり、精神的な感動は期待できないが、余興として持っていても損はないかもしれない録音。</p>
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<pubDate>Sat, 28 Jan 2006 23:04:21 +0900</pubDate>
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